98/06/20 セント・キルダ St.kilda
20/june/98 sta 曇り時々晴れ
暖房が効く部屋なんて、本当久しぶりのような気がする。
エアコンを使っているととても喉が乾く。
夜我慢できず$1.40もするコーラを買ってしまった。
オフィスにキーを返し出発。
William St.に入るとBike店がある。
昨夜イエローページで調べたのでバッチリ。
しかし、ここLilydaleにキャラバンパークがあったとは残念。
やっぱりオーストラリアの大都市はイエローページで調べてから
行動するのがBestだ。
Brightではタダで居候していたので、+,-調度いい所におさまる。
いい事が有れば悪い事もある、それが旅なんだ。
新しいタイヤはセミスリック26×1.90、またも台湾製。
店で交換してもらい$20と安く上がった。
抵抗は思った程なくて軽く走れる。
34 Maroondah HWYはアップダウンを繰り返しながらCityに近づいていく。
東京練馬から和光への環8のような感じだ。
93年、セローの修理・部品待ちのため何度も行ったり来たりした道でよく覚えている。
あのバイク屋もあった。
迷わずにSt.kildaのバックパッカーズに到着。
陽気な受付の兄ちゃん。
アデレードからパースまで3000km自転車で走り、
その後1週間バイクに乗らなかった日本人2人組を知っているという。
日本人は本当にバイクが好きなんだね~、とあきれ顔だ。
Room8、6人部屋、日本人キックボクサー(たかひで?)は挨拶もせず、会話はない。
3 St.kilda Rd.をまっすぐ行けばCityに行く。
バーク&ウィルズの像も同じ所に立っていた。
Bike店でまたも台湾製26×1.90セミスリックを買う。
これをFタイヤのスペアとして北上に持っていくことにする。
チャイナタウン、日本食店があった。
映画館では「時計仕掛けのオレンジ」をやっていた。
旧メルボルン刑務所へ行く。
独房棟が今も昔のまま残っている。 薄暗く不気味だ。
Ned Kellyのデスマスク、アーマーがあった。
むち打ち台や絞首刑執行の現場などなかなか見所が多くて良かった。
野菜無しでツナのトマトソースを作り、パスタにかけて食べる。
オーストラリアに来てから初めてパスタを作った。
量が少なかったので、食パンでツナサンドにしてさらに食べる。
部屋に戻ると3人とも起きていた。やっと会話が出来た。
白人2人はこれからパブに行くという。
革靴にジーンズ、カラーシャツできめ、アフターシェーブローションをベチャベチャやっている。
とても旅をしているとは思えない程、服や雑貨が多い奴だ。
日本人は京都から来ているワーホリ。
もう8ヶ月もメルボルンにいる。
マックでバイトしていて今日は夜勤。24h-openの店だ。
メルボルンでもこの辺りは治安が悪い所のようで、マックでは掃除で注射器がよく見つかるので専用のゴミ箱が用意してある。
ピストルを持った強盗事件もあったとか、、。
ワールドカップ、日本対クロアチアを後半戦の途中から見る。
0-0だったが1点とられそのまま日本はゴールを決める事は出来なかった。
白人の中1人での応援は寂しいものだ。
クロアチアを応援しているのは一体何人なのだろうか。
ここまでが当時の日記です。↑
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テレビでのサッカー観戦でこのときほど、緊張したことはなかった。
なんせ、薄暗い(オーストラリアではテレビを見るときに部屋を暗くすることがおおい)
テレビルームにいるのは、すべてヨーロッパからの旅行者たちで
アジア系は自分ひとり。
そして、たったひとり、声を上げるところも違う。
「あーっ、おしいっ!!」
なんて思わず叫ぶと、周りのギッと睨みつける視線を嫌でも感じないわけにはいかない。
このときは、ロペスがいたから、また厄介だ。
「あいつは、日本人じゃないだろう!?」
なんて言われてしまう。
「彼は昔ブラジル人、今は日本人です。だからOKね、はい」
そんな説明を下手な英語でぼそぼそとしたりしなかったり・・・。
でも、この試合負けてよかったです。
今思うとホント怖かったな。(2007/04/30J-KING追記)
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